幽霊タクシー
- 2015.12.28 Monday
- 05:50
現在4時。
久しぶりに鮮明な恐ろしい夢を見た。
恐怖のあまり起きてしまい、記録に残すため日記を書くことにした。
最終営業を終えた店内で、俺は這いつくばって什器の下を覗き込んでいた。
売上金集計で発覚した不足金の1万円札を探索していたのだ。(現実と同じ)
またケツから落としたか、年末最後の日になんたることだ、とモヤモヤしていた。
そこに次男から電話が入る。
合わせたい人がいるので荻窪で飲んでるから合流してほしいとのこと。
電話口からは店内と思われる楽しそうで明るい声が聞こえていた。
場所は俺が昔何度か行ったことのあるマンハッタンというバーだった。
次男を拾って荻窪経由で西武柳沢に行けば一石二鳥とひらめいた。
お袋からの用事で西武柳沢へは閉店後の足で行く予定があったのだ。(現実と同じ)
飲むことになるだろうと思い、シルバーのキャロルは店の前に置いたまま、
タクシーで向かうことにした。
落合斎場前で1台待機していたタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手は筧利夫に似た男だった。
男は正面を見たままなので斜め後ろから見える範囲でそう感じた。
ルートを説明している途中で運転手は言った。
「マンハッタンですね」と。
運転手はその後は一言もしゃべらなかった。
左手の指先で小さな紙切れをせわしなく開いたり畳んだりしていた。
程なくしてマンハッタンに到着した。
扉を開けるとそこそこ混んでいた。
カウンター席にはいなかった。
ボックス席に次男の後姿を発見。
隣には女性の後姿もあった。
俺は静かに近づいて斜め後ろから女性の横顔を見た。
元キャンディーズのスーちゃんかと思った。
次男は快調にしゃべっているが女性は聞き役に徹しているようだ。
無口な次男がしゃべる時は酔っている。それも結構な酔い方の時だ。
「おいサトシ」
俺が声をかけたら女性が振り向いた。
元キャンディーズのスーちゃんではなくランちゃんだった。
まぎれもなく水谷豊の奥様のランちゃんだ。
すぐさま「どうぞお座りください」と言われたので着席した。
ランちゃんを中央にして親子が両脇を固めた。
次男を見ると、俺が来たのもわからず相変わらずランちゃんを見ながら一方的にしゃべっている。
まるで独り言をしゃべり続ける狂人のごとくである。
ちょっと前の電話の時からえらい変わりようだなと思った。
狂人と化した次男を無視して俺は話しかけた。
「ランさんですか」
女性はニコリとうなずいた。
還暦とは思えないもの凄い美貌だった。
水谷豊の奥様なので俺は「ランちゃん」とは言わなかった。
なぜランちゃんが次男と一緒だったのか。
秋葉家の中で酒が滅法強い次男がなぜこんなに酔っているのか。
一体何をどれだけ飲んだのか。
瞬間的にいくつかの疑問が湧いた。
テーブルにはショートカクテルのグラスが4つ。
飲み干した空グラスが3つにランちゃんが飲みかけのお酒が入ったグラスがひとつだった。
白濁しており、何のカクテルかは判断できなかった。
グラスを見た俺にランちゃんは瞬時に気付いたのか、
「お味見してみます?」
素敵な笑顔で飲みかけのグラスを差し出してくれた。
グラスには口紅が薄くついていた。
飲みたいが、次男がいるので一瞬躊躇した。
次男を見たらいつの間にか空を向いてしゃべっていた。
本格的な狂人に昇格していた。
俺はこれ幸いとグラスを受け取り、紳士を装い口紅の部分を外側に回した。
「ちょっとだけすみません」と告げ、一口飲んだ。
恐ろしくまずかった。
アルコールは感じるが味は最低だった。
ベースは何かも全く不明な飲みものだった。
一体何の酒か聞こうと思った瞬間、「慣れたら飲みやすいですよ」と言われた。
俺がグラスを返すと、ランちゃんは一気に飲み干した。
「もう一杯飲みましょうよ」
極上の笑顔で言われてしまい、俺は断れなかった。
俺が腰を据えて飲むには、完全なキチガイになった次男を退場させる必要があった。
ランちゃんに次男を帰らせることを告げ、次男をタクシーに乗せることにした。
「サトシ、おばあちゃんの所にタクシーで先に帰れ」
そう声をかけたらひとりしゃべりがやんだ。
サトシはうなづくとすっと立ち上がった。
狂人かと思ったら真顔に戻っていた。
バーの外に出たらなんとさっきのタクシーが止まっていた。
筧利夫似の運転手がニヤッと笑って会釈した。
次男を乗り込ませて運転手に行先を告げようとしたら、
「西武柳沢の実家まで送ります」と先に言われた。
ドアが閉まる瞬間、後部座席に乗った次男が言葉を発した。
「お父さん、さようなら」
さっきまでの狂乱ぶりは影をひそめ真顔だった。
俺は大変気になった。
普段の次男であれば、「先帰るわ、じゃあね」である。
次男を乗せたタクシーは静かに発進した。
俺は初めて聞いた「さようなら」の意味を知る由もなく、
再びバーの扉を開けたのである。
続く
久しぶりに鮮明な恐ろしい夢を見た。
恐怖のあまり起きてしまい、記録に残すため日記を書くことにした。
最終営業を終えた店内で、俺は這いつくばって什器の下を覗き込んでいた。
売上金集計で発覚した不足金の1万円札を探索していたのだ。(現実と同じ)
またケツから落としたか、年末最後の日になんたることだ、とモヤモヤしていた。
そこに次男から電話が入る。
合わせたい人がいるので荻窪で飲んでるから合流してほしいとのこと。
電話口からは店内と思われる楽しそうで明るい声が聞こえていた。
場所は俺が昔何度か行ったことのあるマンハッタンというバーだった。
次男を拾って荻窪経由で西武柳沢に行けば一石二鳥とひらめいた。
お袋からの用事で西武柳沢へは閉店後の足で行く予定があったのだ。(現実と同じ)
飲むことになるだろうと思い、シルバーのキャロルは店の前に置いたまま、
タクシーで向かうことにした。
落合斎場前で1台待機していたタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手は筧利夫に似た男だった。
男は正面を見たままなので斜め後ろから見える範囲でそう感じた。
ルートを説明している途中で運転手は言った。
「マンハッタンですね」と。
運転手はその後は一言もしゃべらなかった。
左手の指先で小さな紙切れをせわしなく開いたり畳んだりしていた。
程なくしてマンハッタンに到着した。
扉を開けるとそこそこ混んでいた。
カウンター席にはいなかった。
ボックス席に次男の後姿を発見。
隣には女性の後姿もあった。
俺は静かに近づいて斜め後ろから女性の横顔を見た。
元キャンディーズのスーちゃんかと思った。
次男は快調にしゃべっているが女性は聞き役に徹しているようだ。
無口な次男がしゃべる時は酔っている。それも結構な酔い方の時だ。
「おいサトシ」
俺が声をかけたら女性が振り向いた。
元キャンディーズのスーちゃんではなくランちゃんだった。
まぎれもなく水谷豊の奥様のランちゃんだ。
すぐさま「どうぞお座りください」と言われたので着席した。
ランちゃんを中央にして親子が両脇を固めた。
次男を見ると、俺が来たのもわからず相変わらずランちゃんを見ながら一方的にしゃべっている。
まるで独り言をしゃべり続ける狂人のごとくである。
ちょっと前の電話の時からえらい変わりようだなと思った。
狂人と化した次男を無視して俺は話しかけた。
「ランさんですか」
女性はニコリとうなずいた。
還暦とは思えないもの凄い美貌だった。
水谷豊の奥様なので俺は「ランちゃん」とは言わなかった。
なぜランちゃんが次男と一緒だったのか。
秋葉家の中で酒が滅法強い次男がなぜこんなに酔っているのか。
一体何をどれだけ飲んだのか。
瞬間的にいくつかの疑問が湧いた。
テーブルにはショートカクテルのグラスが4つ。
飲み干した空グラスが3つにランちゃんが飲みかけのお酒が入ったグラスがひとつだった。
白濁しており、何のカクテルかは判断できなかった。
グラスを見た俺にランちゃんは瞬時に気付いたのか、
「お味見してみます?」
素敵な笑顔で飲みかけのグラスを差し出してくれた。
グラスには口紅が薄くついていた。
飲みたいが、次男がいるので一瞬躊躇した。
次男を見たらいつの間にか空を向いてしゃべっていた。
本格的な狂人に昇格していた。
俺はこれ幸いとグラスを受け取り、紳士を装い口紅の部分を外側に回した。
「ちょっとだけすみません」と告げ、一口飲んだ。
恐ろしくまずかった。
アルコールは感じるが味は最低だった。
ベースは何かも全く不明な飲みものだった。
一体何の酒か聞こうと思った瞬間、「慣れたら飲みやすいですよ」と言われた。
俺がグラスを返すと、ランちゃんは一気に飲み干した。
「もう一杯飲みましょうよ」
極上の笑顔で言われてしまい、俺は断れなかった。
俺が腰を据えて飲むには、完全なキチガイになった次男を退場させる必要があった。
ランちゃんに次男を帰らせることを告げ、次男をタクシーに乗せることにした。
「サトシ、おばあちゃんの所にタクシーで先に帰れ」
そう声をかけたらひとりしゃべりがやんだ。
サトシはうなづくとすっと立ち上がった。
狂人かと思ったら真顔に戻っていた。
バーの外に出たらなんとさっきのタクシーが止まっていた。
筧利夫似の運転手がニヤッと笑って会釈した。
次男を乗り込ませて運転手に行先を告げようとしたら、
「西武柳沢の実家まで送ります」と先に言われた。
ドアが閉まる瞬間、後部座席に乗った次男が言葉を発した。
「お父さん、さようなら」
さっきまでの狂乱ぶりは影をひそめ真顔だった。
俺は大変気になった。
普段の次男であれば、「先帰るわ、じゃあね」である。
次男を乗せたタクシーは静かに発進した。
俺は初めて聞いた「さようなら」の意味を知る由もなく、
再びバーの扉を開けたのである。
続く